入 門 の 心 得
我々は社会機構の中にて社会人として学生として生活している以上、社会のルールに従っ
て生活しています。社会のルールとは法律であり、道徳であり、それと同じように「空手道」
という道を選んだ以上、この「道」のルールに従ってもらわなければならない。しかし「道」とは
人が強制するものでも、人から与えられるものでもない。己の力で切り開き、己によって印される
道程なのである。
空手道を志す人は、
第1に人に頼ってはならない。
己の上達は師を通じての己の訓練の成果である。
第2に礼儀を正しくすること
特に「武の道」においては「戒を正して、戒を止むる」の精神から礼儀を重んじている。
礼は師に対するばかりではなく、先輩、同輩、後輩を問わず、自分をとりまくすべての人に
対する心の姿勢でなくてはならない。それが武道を学ぶものの威厳となり品位となるのである。
第3にやり通すことである。
中途半端では、なんの役にも立たない。昔から「生兵法は大怪我のもと」と、言われているように
「技」にのみ走り、空手の本質を知ろうとしないため、怪我をしたり、傷をつけたりした例はあま
りにも多い。「空手道」は一生を通じての修行であり、その終着点はないのである。生兵法に終わ
るのなら、最初からやめたほうがよい。「空手道」はきびしく、果てしないものである。
「空手に極意はなし」
第4に自分にきびしくあれ
人間は強いようで実に弱いものである。物事の忍耐力は自分に甘くなり力を抜いてしまうもの
ある。中国に「分実学ばずして、明日ありと思うべからず」という格言がある。明日があるから
今日はやらなくてもよい…という自分の甘えを戒めている教えである。「空手道」は身体を持って
毎日の修練を必要とする「道」であるだけに「自分への甘やかし」は上達にほど遠くなる。自分に厳し
くなればなるほど、その者の修行も厳しくなり、勝ち得るものは大きく意義深いものなのである。
「何事も、けじめをつけて、らしくして、これで良いかと、我にムチ打て」の精神でとりくん
でいただきたい。空手道で学ぶ上で必要なのは、どんなに短い時間でも一所懸命にやることである。
気を抜いた1時間の稽古よりも真剣に30分の稽古にとりくんだ稽古のほうが、はるかに効果がある。
史栄館では、気組みをもって稽古をしていただきたい。